コンサル≒バイト

「事業」と何が違うのかな、なんて。

コンサルタントを「問題解決者」と定義すると深い話になって好きなんだけど、一方でいわゆる「ITコンサル」だの「戦略コンサル」だのの表面的なスタンスはあいかわらず無限に好きになれないなぁ、なんて思う。

良くあるのが「事業」対「コンサル」だと思っていて、要は「できたものにどんだけ長いことプライドを込められますか」みたいなところ……なんだと思うんだけど、もう少し表現を変えて「できたものにどんだけ長く責任を担えますか」ということなのかなと。

市場の「コンサル」という系統の人は「お金を先にもらって、アドバイスなり提案を与えて、できたものの帰結に責任は追わない(先払い)」に特徴を見いだせる。これが業界の標準なので、全然違和感を感じないん人々でもある。

一方、成果物に対する絶対の自信があるなら「成果物に対する対価は後から」の方がつじつまがあう。価値逓減をしてもなおずーーーっと持つメカニズム。時間積分に対して自分の評価を結び付けられる人。

橋を建造したなら、その橋の下で生活しても「それが、どうしました?」といえる人々。これはタレブ節なんだけど、個人的により大事だ思うのは「ダウンサイドがないことを『住む』ことを通じて証明できる」ことと「アップサイドが確かに発生することを『作成後にその立場にベットする」「ことを通じて証明できる」ことはちょっと別だっつー話なのかもしれない。

本当に自信があるなら、成果物に対する支払いは遅くて利率以上のリターンがあることを求めるもんだと思う。「私の作ったものは、市場平均より配当を多く生み出します」これよ。

やった後にずーっと残る自信がある人はそのように支払いも最適化する。一方、「コンサル」はこれをしない。自分の成果が逓減すること、あるいは暴落することを、おそらく内在する論理の中に見出している。将来は不確かだ、私の成果が将来に渡って維持されるかは自分にはコントロールできないのだから、故に、支払いにそういうものを込めるな。この成果提出の瞬間の主観的価値を、とっとと換金させてくれ。

この手の「リスクテイクしない」立場は受け取る金額も少なくあるべきなのだが、彼らは自信だけはあって、支払いは将来の期待も込めた金額だと言い張る。幾分不思議な業界に思える

仮にどんなに聡明な見解・プレゼンであっても、将来に対する自信を契約に込めていない人々に多くの金銭を支払うべきなのだろうか。バイト相当の話にもう少し寄せても良いのではないだろうか